勘三郎さんが天国へ旅立たれましたね。
テレビや舞台でしか見たことがないのに、
身近な人が亡くなったようにショックな人も多いのではないかと思います。
それでもご本人は、肉体の苦しみから解放されて、
きっと今まで以上に歌舞伎界のために、地上でも天界でもご活躍なさることでしょう。
そのお姿は、とっても楽しそうなのかもしれません。
私のまわりにも、早すぎる死を迎えた友人知人がたくさんいます。
10代~30代、まだ平均寿命の半分も生きていません。
本当に急ぐように旅立ちました。
置いて行かれるのは、辛過ぎる時もありますが、
「人を見送る」という経験が今世の私に必要なのだろうと思います。
また、
「貴重な人ほど早く亡くなる」という言葉もありますね。
でも、命に大切ではないものはありませんから、
「貴重」と言われる理由は「人柄」ではないかと思います。
ドキュメンタリー番組で拝見する勘三郎さんのイメージは、
「努力の人」です。
「あぁ、私も頑張らなくては」と思わせるような、
活を入れてもらうイメージです。
自分の魂に正直に、甘えを許さず、上を見て歩く人の人生は、
実際に生きた年月より何倍も濃密なのでしょう。
そういう生き様に人は惹かれます。
だから「あんなに素晴らしい人を失ったなんて……」と偲ばれるのです。
こういう人は20歳で亡くなっても、130歳で亡くなっても、
人の心に大きく残るのです。
最近、
電車の中で優先座席に座っている若い人を手で払いのけ、
かわりに優先座席に座ると、二人分のスペースを使って足をくみ、
競馬新聞を読み始めたおじいさんを見ました。
見た目は、とっても紳士なおじいさんでした。
「あらら……」と、とても残念な気分です。
イケメンのイタイ部分を見たような感じでしょうか。
いくら服装がきっちりしていても、
こういう言動にその人の「人柄」があらわれるのでしょうね。
私自身も「あのワガママなおばあさん、やっと死んだ」と言われるよりも、
「そう、亡くなったの。残念ね」と言われる人になりたいと思います。
みんな持っている同じ命に、思い思いの色付けをして、
「生き様」にしていきます。
去り際につけられる評価は、自分の鏡なのでしょうね。
そんなことを思ったニュースでした。
勘三郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
これからは永い時間があるので、
あまり走り過ぎず、少しゆっくりしていただきたいですね。