このブログ記事は、
だいぶ以前から書きかけては止め、
書きかけてはや止め、
で、なかなか筆が進みませんでした。
おそらく、私の心が未来と過去と現在の間で、
迷っている部分があるからだと思います。
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皆様は、亡き大切な方とお盆のコニュニケーションを上手に取れましたか?
お迎え団子に、お墓参り、地蔵盆、故人が好きだった花やお菓子を写真の前に供える……
様々な心尽くしでお迎えなさったのだろうな、と思います。
今年が初盆というご家族もいらっしゃいますよね。
まだまだ、心の整理や遺品の整理ができていなくて、
ざわざわとしている……
そんな方も多いのではないかと思います。
どうか、お好きなだけ悲しんであげてください。
故人は、自分が死んだことを悲しんでくれる様子、
思い出話をしながら、酌を交わしている様子を見て、
一緒に楽しんだり、自分は愛されていたことを知ります。
そんな故人の表情は、とても穏やかで、嬉しそうなことがほとんどです。
そして、時が過ぎ、月日が流れたら、
悲しみ以外のものが、少しずつ心やあなたのスペースに入り始めます。
ご主人がいたら、家事に追われてできなかったことを始めてみたり。
流産・死産も同じです。
ご夫婦二人きりだからこそできることに挑戦する。
そんな経験が、人生を大きく変えることもしばしばです。
悲しみ、絶望感、喪失感に集中している時は見えなかったものが、
だんだん見えてきます。
また、不妊治療を一度休憩し、
「天に任せよう」と決め、ご夫婦で旅行や趣味に生き始めたとたん、ご懐妊!
なんてことも珍しくありません。
先日も、
「子どもを授かることはもうないだろう」と思って、
新しい仕事を始めたとたんに、妊婦さんになられた40代女性に出会いました。
誰かが死に、誰かが生まれる。
そんなふうに地上は回っていくのだな、とお盆などの節目には改めて思います。
大切な人を亡くした時に、
ご自身の年齢が若ければ若いほど、しんどいことがあります。
「いつになったら会いにいけるの?」と。
私自身も、よくそんな波に飲み込まれかける時がありますが、
また波が穏やかになると、
「いや、今でも会えるよね」という感情が湧いてきます。
長くなりますので、
「故人との対話 お盆のコミュニケーション②」
に続きます。